傑作選【08】

過去にやってたブログの中から、良さげなエントリーを思いつくまま適当に再アップ。
第8回。


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【初回アップ日時】 2003年12月18日
【エントリー・タイトル】同居七日目ウサ


僕はジュリが大好き。
いとおしくてしょうがない。
だって彼は、神の子だから。

 

031218.jpgこの場合の『神』とはやせっぽちの髭面のオッサンだったり、木の下で悟りを開いたりするような人格神ではない。万物を影響下に置いている宇宙の法則のようなものだ。下手な説明で申し訳ないが、僕たちが知っている世界の命あるもの形あるもの全てが、その『法則』の絶対的な力に影響を受けながら存在しているような気がするのだ。それは僕たちをきつく縛り上げてしまっている類のものではない。僕たちは常に自主的に選択している。小さな選択の数々が複雑に絡み合った集合体が運命だ。
しかし、ふとした拍子に『法則』が僕らの背中をそっと押してくれるようなことがある。それはハッピーな贈り物だったり、時として残酷な結果だったりするのだが。僕はその瞬間に『神』を感じるのだ。「神を見た」と。(もちろん、これは僕の足りないアタマの中の妄想だ。笑い飛ばして欲しい)

僕が知ってる限り、ジュリは三度死にかけた。

ジュリが生まれたての赤ちゃんで目も開いておらず、人間の親指ほどの大きさだった頃、母ウサギの後ろ足で蹴られ、おなかの皮膚がバックリと裂けた。彼の飼い主が急いで病院へ行き、手術してもらって一命は取り留めたが問題はそれからだった。ウサギは人間の臭いが付いてしまった赤ちゃんは自分の子供とはみなさず、育児拒否したり最悪の場合食べてしまったりする習性があるらしい。人工保育のアドバイスを求めた飼い主に、獣医はこう言ったそうだ。
「ウサギの赤ちゃんの人工保育なんて、無理にきまってるじゃないですか」
これが一度目。

飼い主はジュリを母ウサギから離し、紙箱の中に入れ人工保育をすることにした。小動物用粉ミルクを与えようとしたが、一度母ウサギのミルクを飲んだことのあるジュリは粉ミルクをまったく受け付けなかった。無理に飲ませれば、嘔吐した。数日後、飼い主が紙箱の中のジュリの様子を見ると、血の気が引いて本来ピンク色の鼻も真っ白になったジュリがぐったりしていた。飼い主は半ば諦めていたが、ジュリを手のひらに載せ、やさしく温めた。しばらく彼をさすっていると、「キィ...」と声を上げてジュリは蘇生した。
これが二度目。

ジュリは粉ミルクを受け付けてくれないので、無理やりにでも母ウサギのミルクを飲ませることにした。飼い主は母ウサギを仰向けにして膝の上に抱き、横からそっとジュリを母ウサギのおなかの上に置き、ミルクを飲ませた。母ウサギは嫌がったが、何とか頑張ってもらった。それしか方法は思いつかなかった。ジュリは夢中でミルクを飲んでいた。

それから数日順調にいっていたが、ある日飼い主がジュリの世話をするため彼をテーブルの上に置いていたとき、ジュリが急に激しく動き出し、テーブルから床に落下した。落下したジュリはピクリとも動かなかったが、しばらくするともそもそと何事も無かったように動き出した。人間の赤ちゃんでも高いところから落下して傷ひとつ無かったなんて話をよく聞くが、これはラッキーとしか言いようがない。
これが三度目。

ジュリはきっと何かにそっと背中を押してもらったのだ。
ただの偶然だと片付けられない何かが、風のようにジュリや飼い主の間を通り抜けていったのだ。
その何かは、僕にジュリと過ごす温かな時間をプレゼントしてくれた。ジュリは神の子なのだ。

スタジオから帰り、ジュリと散歩に出かけた。
土曜日の深夜の住宅地。人通りは無い。天気は曇り。冷たい風に流される雲から三割ほど欠けた月が見える。月の表面では今日もウサギさんたちが餅つきをしている。僕はこの手の話が大好きだ。何の罪も無い。やわらかい気持ちになれる。ジュリは今日も元気。走っては辺りを見回し、耳を澄ませ、草を食べ、時折僕のところへ戻りスニーカーの匂いを嗅いでは、また走り出す。30分ほどひとしきり遊んだ頃、ジュリの動きが急に止まった。小さくなってうずくまっている。何か危険を察知したのだろうか。周囲に注意を払うが、何も見えない。何も聞こえない。遊び疲れただけなのか。それとも、僕の感傷的な気分が移ってしまったのだろうか。ジュリを抱きかかえると、おとなしく僕の胸元に納まった。
「帰ろっか」
二人で空を見上げながら、家に帰った。

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このページは、kudowが2007年9月11日 00:00に書いたブログ記事です。

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